はじめに:キャンプの朝を変える「静寂な炎」の物語
キャンプ場の朝、ガスバーナーの「ゴーッ」という燃焼音で目覚めたことはありませんか?
自然の音を楽しみたいのに、機械的な音が雰囲気を壊してしまうことがあります。
そんな悩みを解決し、調理の時間さえも優雅なひとときに変えてくれる道具があります。
それが、スウェーデン発祥の「トランギア ストームクッカー」です。
アルコールバーナー特有の静かな炎と、機能美あふれるデザイン。
ただお湯を沸かすだけの行為が、特別な儀式のように感じられます。
本記事では、世界中のキャンパーを魅了してやまないこのクッカーの全貌を解き明かします。
トランギア「ストームクッカー」とは何か?

トランギア社は1925年にスウェーデンで創業されました。
その名を世界に知らしめたのが、1951年に開発されたストームクッカーです。
一言で言えば「バーナーとクッカー(鍋)と風防が一体になった調理システム」です。
バラバラに揃える必要がなく、これ一つあればキャンプ料理のほとんどが完結します。
まずは、このシステムがどのようなパーツで構成されているかを確認しましょう。
| パーツ名称 | 特徴・役割 |
| ベース(土台) | 地面からの冷気を遮断し、空気を取り込む吸気口の役割を果たします。 |
| ウインドシールド(風防) | バーナーを囲い、風を防ぎながらゴトク(鍋置き)として機能します。 |
| アルコールバーナー | システムの心臓部。真鍮製で美しく、構造がシンプルで故障しません。 |
| ソースパン(鍋)×2 | 大小2つの鍋がスタッキングされており、汁物や炊飯に使います。 |
| フライパン | 蓋としての役割も兼ねており、焼き料理全般に対応します。 |
| ハンドル | すべての鍋やフライパンをつかむための、取り外し可能な持ち手です。 |
| ストラップ | 収納時に全体を固定するためのベルトです。 |
このように、調理に必要なすべてが計算された順序で重なり合っています。
「ストーム(嵐)」の名が示す通り、過酷な環境下でも確実に機能するように設計されています。 [1]
なぜ選ばれるのか? 5つの圧倒的なメリット
キャンプ用品店には数多くのバーナーが並んでいます。
それでもなお、70年以上前の設計であるストームクッカーが選ばれ続けるには理由があります。
1. 驚異の耐風性能「チムニー効果」


通常のガスバーナーは風に弱く、風防(ウィンドスクリーン)が別途必要です。
しかし、ストームクッカーは風防そのものが本体の一部です。
ベースの穴から取り込まれた空気が、上昇気流となって燃焼効率を高めます。
これを「チムニー(煙突)効果」と呼びます。
風が吹けば吹くほど、むしろ火力が安定するという魔法のような構造なのです。
2. 究極のスタッキング(収納)美

キャンプ道具が増えると、パッキング(荷造り)が悩みになります。
ストームクッカーは、マトリョーシカのように全てのパーツが1つに収まります。
鍋の中にバーナーやケトル、調味料などを収納することも可能です。
3. 故障知らずのシンプル構造
ガスバーナーのような複雑な機械部品が一切ありません。
目詰まりやパーツの破損といったトラブルとは無縁です。
「壊れない」ということは、命に関わる冬山や僻地での信頼性に直結します。
4. 静寂性がもたらす自然との一体感
アルコールバーナーは燃焼音がほとんどしません。
森のささやき、川のせせらぎ、鳥の声を聞きながら料理ができます。
5. 使うほどに味が出る「育てる道具」
特にアルミ製のモデルは、使い込むほどに傷や変色が刻まれます。
それが「自分だけの道具」としての愛着に変わっていきます。
| 比較項目 | 一般的なガスバーナー(OD缶) | ストームクッカー(アルコール) |
| 耐風性 | 弱い(別途風防が必要) | 最強(風があるほど燃える) |
| 静音性 | うるさい(ゴーという音) | 非常に静か |
| 寒冷地 | ガス種によってはドロップダウンする | 比較的強い(着火に工夫が必要) |
| 収納 | バーナーと鍋は別々が多い | オールインワン |
| 燃料入手 | アウトドアショップ等 | 薬局・ホームセンターで入手可 |
| 火力 | 非常に強い | 中火〜強火(湯沸かしは遅め) |
| 利便性 | 点火スイッチで即着火 | ライターが必要・火力調整が手動 |
【徹底比較】あなたに合うモデルはどれ? サイズと素材の選び方
ストームクッカー購入時に最も悩むのが「サイズ」と「素材」の組み合わせです。
決して安い買い物ではないため、自分のスタイルに合ったものを選びましょう。
サイズ選び:27シリーズか、25シリーズか
トランギアの型番は数字で管理されています。
| シリーズ名 | サイズ感 | 推奨人数 | 特徴 |
| ストームクッカーS(27シリーズ) | フライパン直径:18cm ソースパン:1.0L × 2 | 1〜2人 | ソロキャンプやデュオに最適。 バックパックにも入れやすい大きさ。 |
| ストームクッカーL(25シリーズ) | フライパン直径:22cm ソースパン:1.5L & 1.75L | 3〜4人 | ファミリーやグループ向け。 パスタを茹でるのにも十分な容量。 |
ソロキャンプがメインであれば、迷わず「Sサイズ(27シリーズ)」をおすすめします。
袋ラーメンを割らずに茹でたい、または3人以上の家族で使うなら「Lサイズ(25シリーズ)」です。
素材選び:UL・HA・デュオーサルの違い
サイズが決まったら、次は素材を選びます。
主に3つのバリエーションがあり、それぞれ価格と性能が異なります。
| 素材略称 | 正式名称 | 特徴 | メリット | デメリット |
| UL | ウルトラライト(アルミニウム) | 最も標準的なモデル。軽量性が売り。 | 軽い・安い・熱伝導が良い | 傷がつきやすい・焦げ付きやすい |
| UL-HA | ハードアノダイズド(硬質アルマイト) | 表面を硬化処理し、グレーに変色させたもの。 | 傷に強い・腐食に強い・カッコいい | ULより価格が高い |
| Duossal | デュオーサル(アルミ+ステンレス) | 外側がアルミ、内側がステンレスの二層構造。 | 非常に丈夫・手入れが楽・衛生的 | 重い・価格が高い |
初心者へのおすすめは?
- コスト重視なら:通常の「UL(ウルトラライト)」
- 料理をガッツリ楽しみたいなら:「デュオーサル」
- 見た目の渋さと耐久性なら:「HA(ハードアノダイズド)」
特にデュオーサルは、内側がステンレスなので金属タワシでガシガシ洗える点が魅力です。 [2]
初心者でも失敗しない! 基本の使い方と手順
使い方は非常にアナログですが、一度覚えれば自転車のように忘れません。
1. 組み立て

- ベースを平らな場所に置きます。
- 風防をベースの上に重ね、少し回してロックします(カチッとはまりません、乗せる感覚です)。
- アルコールバーナーをベースの中央の穴にセットします。
- 五徳(ゴトク)を内側に倒してセットします。
2. 燃料注入と着火

- バーナーの蓋を開け、燃料用アルコールをタンクの3分の2程度まで入れます。
- 注意: なみなみ注ぐと、熱膨張で溢れる危険があります。
- マッチやライターを近づけて着火します。
- 日中は炎が見えにくいので、手をかざして熱を確認してください(火傷に注意)。
3. 火力調整


- 全開:蓋をしていない状態。
- 弱火:調整蓋(スライド式の蓋)を被せ、開口部を狭めます。
- 消火:調整蓋を完全に閉じて、バーナーに被せます。
| 手順 | 初心者がやりがちなミス | 正しい対処法 |
| 着火時 | 炎が見えないので顔を近づける | 手のひらを遠くからかざして熱気で確認する |
| 燃料補給 | 火が消えたと思い込み、継ぎ足す | 厳禁! 引火して爆発の危険あり。バーナーが冷めてから給油。 |
| 消火時 | パッキン付きのキャップで消火する | パッキンが溶けるため、必ず「火力調整蓋」で消火する |
ストームクッカーで作る「極上キャンプ飯」活用術
ストームクッカーは「お湯を沸かす」だけではありません。
じっくり火を通す料理が得意です。
1. ほったらかし炊飯の魔法
アルコールバーナーには「燃料が尽きると自動で火が消える」という特性があります。
これを利用すれば、火加減の調整なしでご飯が炊けます。
- 米1合の場合:アルコール約50ml〜60ml
- 手順:
- 研いだ米と水(200ml)をソースパンに入れ、30分吸水させる。
- 着火し、ソースパンを乗せ、フライパンを蓋にする(重しを乗せる)。
- 燃料が燃え尽きるまで放置。
- 火が消えたら10分蒸らす。
これだけで、驚くほどふっくらしたご飯が炊きあがります。
2. オプションパーツで広がる世界



ストームクッカーの真価は、豊富なオプションパーツによる拡張性にあります。
| オプション品 | 用途・メリット | 優先度 |
| ケトル | 0.6L(S用)や0.9L(L用)があり、スタッキング可能。 | ★★★★★ |
| マルチディスク | まな板、湯切り、雪上の土台として使える万能の蓋。 | ★★★★☆ |
| ビリーコッヘル | 大人数用の大鍋。ストームクッカーの外側に被せて収納可。 | ★★☆☆☆ |
特に「ケトル」は、ソースパンの中にぴったり収まる設計になっており、セットで購入する人が多いアイテムです。
長く愛用するためのメンテナンスと注意点
良い道具は、メンテナンスをすることで一生モノになります。
- アルミの変色:アルミ製品は水に含まれるミネラルと反応して黒ずむことがあります。使用上問題ありませんが、気になる場合は米のとぎ汁で煮沸すると軽減されます。
- 焦げ付き:ノンスティック加工されていないアルミ鍋は焦げ付きやすいです。使用前に油を馴染ませるか、クッキングシートを活用しましょう。
- Oリングの劣化:アルコールバーナーのキャップにあるゴムパッキンは消耗品です。ひび割れてきたら交換しましょう。
まとめ:不便を楽しむ大人の道具

スイッチひとつで火がつく便利さも素晴らしいですが、
自ら組み立て、燃料を注ぎ、風を読んで料理をする時間は格別です。
トランギア ストームクッカーは、単なる調理器具ではありません。
「不便」を「楽しさ」に変え、キャンプの時間を豊かにしてくれるパートナーです。
最初の1台として手に入れれば、きっとキャンプスタイルの軸となるでしょう。
次のキャンプでは、静かな青い炎を見つめながら、ゆっくりとコーヒーを淹れてみませんか?
参考文献・ソース
[1] イワタニ・プリムス株式会社(トランギア日本総代理店)公式サイト
[2] Trangia AB Official Website (Sweden) – Materials & Technology


